過労自殺・パワハラ自殺を防ぐためにすべきこと

過労自殺に対して企業の安全配慮義務を認める「電通事件判決」が出されてから20年近くが経ったが、有名企業の社員の過労自殺パワハラ自殺のニュースが後を絶たない

2019年11月20日労働政策審議会の分科会が、職場での「パワーハラスメント」の防止に向け企業に求める具体的な対策を盛り込んだ指針をまとめるなど行政の対策には一定の前進があるが、相次ぐ悲惨な結果を防ぐために企業や従業員の立場でとるべき最低限必要な対策は何なのだろうか?

1.後を絶たない過労自殺パワハラ自殺のニュース

ここ最近目にしたニュースを原文のまま紹介する。

(1).三菱電機、新入社員が自殺 「死ね」記したメモ残す (12/7(土) 5:50配信  朝日新聞デジタル

三菱電機の20代の男性新入社員が今年8月に自殺し、当時の教育主任だった30代の男性社員が自殺教唆の疑いで神戸地検書類送検された。労働問題に詳しい専門家によると、職場での暴言によるパワーハラスメントパワハラ)をめぐり、刑法の自殺教唆の容疑で捜査を受けるのは極めて異例という。  

兵庫県警三田(さんだ)署が11月14日付で書類送検した。認否は明らかになっていない。神戸地検は今後、刑事責任の有無を慎重に調べる。  

複数の関係者によると、自殺したのは、生産管理のシステム開発などを手がける生産技術センター(兵庫県尼崎市)に配属された技術系社員。8月下旬、兵庫県内の社員寮近くの公園で自ら命を絶った。現場には、教育主任から「死ね」などと言われたことや、会社の人間関係について記したメモが残されていたという。三菱電機で2014年以降に、新入社員が自殺したり精神障害を発症したりしたケースが判明するのは、これで3人目となる。

(2)三菱電機子会社 男性社員自殺 過労による労災と認定 (2019年11月22日 13時22分 NHK ニュース)

大手電機メーカー三菱電機の子会社の兵庫県豊岡市にある工場に勤務していた男性社員が自殺したことについて、労働基準監督署が過労による労災と認めていたことが分かりました。労災の認定を受けたのは、三菱電機の子会社、メルコパワーデバイス兵庫県豊岡市にある工場で働いていた40代の男性社員です。 代理人の弁護士によりますと、男性は平成28年11月までのおよそ1年半この工場で勤務していましたが、精神疾患を発症して休職し、別の部署に復職したあとおととし12月に自殺しました。 男性は、一定の時間働いたとみなされて賃金が支払われる裁量労働制が適用されていましたが、通常の労働時間に換算して月に100時間を超える時間外労働をしていたということです。


(3)トヨタ社員自殺 上司が「バカ アホ」パワハラ原因 労災認定
(2019年11月19日 11時36分 NHKニュース)
おととし、トヨタ自動車で働いていた当時28歳の男性社員が自殺し、労働基準監督署が、上司のパワーハラスメントが原因だったとして、ことし9月に労災と認定していたことが分かりました。労災と認定されたのは、トヨタ自動車の車両の設計を担う部署で働いていた当時28歳の男性社員です。 遺族の代理人の弁護士などによりますと、男性は4年前にトヨタ自動車に入社し、その翌年から本社の車両設計を担う部署で働いていましたが、直属の上司から繰り返し叱責されたり、「バカ」「アホ」「死んだほうがいい」などと暴言を受けるなどし、適応障害と診断されたということです。 そして3年前におよそ3か月間休職したあと職場に復帰し、この上司とは別のグループで仕事をするようになりましたが、周囲の人たちに「死にたい」と話すようになり、おととし社員寮で自殺しました。 男性の遺族がことし3月に労災を申請し、労働基準監督署が調べた結果、上司によるパワハラが自殺の原因だったとして、ことし9月に労災と認定されたということです。

                                                                         
2.過労自殺に企業の安全配慮義務を認めた「電通事件」最高裁判決
「1990年4月、大学を卒業した大嶋一郎氏は株式会社電通に入社し、6月にはラジオ局ラジオ推進部へ配属されたが、三日に一度は徹夜という常軌を逸した長時間労働の結果 うつ病に罹患し、91年8月27日、自殺死した(当時24歳)。 一審判決は、つぎのとおり述べている。

「一郎は、酒と嗜まない方であったが、スポンサーとなる会社や、営業局との間で酒の席が設けられることも多く、また、一月に一度は、班の飲み会があり、酒を無理強いされて醜態を演じたこともあった。また、酒の席で、上司(判決文では人名)から靴の中にビールを注がれて飲むように求められ、これに応じて飲んだことや、同人から靴の踵部分で叩かれたことがあった
  2000年3月24日の最高裁判決は、日本の人権史に残る画期的な判決となった

第一に、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と述べ、心身の健康破壊防止のための使用者の義務を明確にした。

第二に、大嶋一郎氏の死が長時間労働などの過重な業務によって、うつ病を発症し自殺に至ったとして、業務と死亡との相当因果関係を認め、かつ電通の使用者としての注意義務違反(安全配慮義務違反)による賠償責任を認定した。」

(以上、「過労自殺と企業の責任」川人博 著、旬報社 より抜粋) 
 

電通事件判決によって、過労自殺に対する企業の安全配慮義務、注意義務が明確に認められたのにもかかわらず、再び、同じ会社で痛ましい過労自殺が起きている。

24歳東大卒女性社員が過労死 電通勤務「12時間しか寝れない」 クリスマスに投身自殺 労基署が認定(産経ニュース2016.10.7 17:17)

最長月130時間の残業などで元電通社員の高橋まつりさん=当時(24)=が自殺し、三田労働基準監督署(東京)が過労死として認定していたことを7日、遺族側弁護士が会見で明らかにした。

弁護士によると、高橋さんは平成27年3月、東京大文学部を卒業後、同年4月に電通に入社。インターネットの広告部門を担当し、同年10月から証券会社の広告業務も入った。弁護士側が入退館記録を基に集計した残業は、10月が130時間、11月が99時間となっていた。休日や深夜の勤務も連続し、12月25日に、住んでいた寮から投身自殺した。

高橋さんが友人や母親に送信したツイッターなどでは、1日2時間睡眠が続いたことなどを訴えた上で、「これが続くなら死にたいな」「死んだほうがよっぽど幸福」と記していた。高橋さんの母、幸美(ゆきみ)さん(53)は「娘は二度と戻ってきません。命より大切な仕事はありません。過労死が繰り返されないように強く希望します」と話していた。

 

3.対策その1:まずは、異常な長時間労働をさせない体制づくり
高橋まつりさんの自殺について、「産業医が見る過労自殺企業の内側」(集英社新書)で産業医の大室正志氏は以下のように述べている。

「・・・「髪ボサボサ、目が充血したまま出勤するな・・・・・・わたし『充血もだめなの?』」といったツィートもありました。11月には死を予感させる言葉が現れるようになり、母親にもそれをほのめかしたと言います。もちろん母親は「会社を辞めて」と返したと言います。

事件後、多くの人が、同じように思ったでしょう。

「自殺するくらいなら会社を辞めればいい」と。

しかし彼女はすでにうつ病を発症していたと考えられますし、そうではなくとも、人間の判断力は簡単に奪われるのです。

 

異常な長時間労働パワハラがセットになれば、人間の判断力は簡単に奪われてしまうその意味では、今般の労働法改正による時間外労働上限の罰則付き制限は、従業員の心身を極度に疲れさせないように(=人間扱いをするように)企業に対応させるための第一歩になる。

 

4.対策その2:パワハラへの対応―勇気を持って「降りる」ことも必要―
 
拙著「あなたの会社に「ドラマクィーン」はいませんか?-残念な管理職への対処法」で、異常な言動を取る管理職への対応法を解説したが、結局のところ、社内に留まりながらうまくやっていく方法と社外に出て自由を取り戻す方法の2択しかない。世間でどんなに一流とされている会社であっても、職場環境があまりにひどく、改善が期待できない場合には、勇気を持って「降りる」(その環境から去る)ことも必要ではないだろうか。

 再び、大室氏の著書から引用する。

電通は人が資産」歴代の電通社長が共通して話す言葉です。この資産たる「電通マン」の特徴をひと言で表すなら「脱げるエリート」だということです・・・「脱げる」とは・・・職務のためなら「恥を恐れない」ということです・・・エリートとして育った人間の「恥ブロック」を外し、「脱げる人」にしていくプロセスが必要になってきます。その時、てっとり早いのは、その人の自尊心を徹底的に打ち砕くことです。

高学歴で、今まで順調なキャリアを歩んできた人は、「降りる」とか「人前でギブアップ」という選択肢を無意識的に避けてしまう傾向があります。根気よくあきらめずに取り組んできたという成功体験が「撤退」という選択肢を躊躇させたことは十分に考えられます。」

           産業医が見る過労自殺企業の内側 大室正志 集英社文庫

 

大室氏の記述を読みながら、筆者が20代前半に経験した最初の職業体験を思い出した。パワハラ長時間労働があったわけでは全くないが、仕事と職場環境に馴染めなかったため3ヶ月で退職した。若い女性行員に対するセクハラ社員が放置されていることもあり会社で頑張ろうというモチベーションが湧いてこなかった。ほどなくして、会社に行くと喘息になった。体は正直である。世間的には一流ブランド企業であったが、退職した。喘息は、ほどなくしておさまった。

  退職後、特急列車のレールから外れて人生の落伍者になったような気分が数年続いた。別の道があるはずだし、会社を辞めたくらいで人生の希望が閉ざされるはずはないのだが、大企業による「終身雇用制」の存続が信じられていた1980年代は・・・降りることへの恐怖感が(少なくとも筆者には)あった。だが、体を壊してまで留まる前に降りたことが良かったのは言うまでもなく、降りたことで、1社に留まっていたら味わえない色々な経験をすることができたと思っている。

                   
5.未来への希望

会社は仕事をして報酬をもらうところであるが、人間関係を含め健全な労働環境が確保されることが仕事を続けるための前提条件となる。

 仕事もできないのに、正当な業務指導に対しても上司に「パワハラだ!」と盾突くのは論外であるが、仕事に励む一方で、人としてきちんと扱ってくれる職場環境を要求するのは当然のことである。どうがんばってもこれが実現しない場合には、「降りる」ことも選択肢の一つである。

「利潤追求」が企業の目的である限り、表面的には綺麗ごとを言い続ける現場を知らない企業幹部が第一線の従業員に過酷な労働を強いる構図は簡単には変わらないだろう。だが、自らの憂さ晴らしやストレス解消などの動機から、弱い者や疲れている従業員に対するいじめ・ハラスメントや暴行など刑法の犯罪行為に走る管理職・従業員は許されざるものである。そのような人達には自分がそのような仕打ちを受けたらどう感じるかを考えてほしい。

 

自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。 ルカ 6:31

Treat others as you would like to have them treat you.

 

ターゲットにされた人達は、ただ泣き寝入りするのではなく、まずは心身の健康を確保するための手段を検討し、「降りる」ことや「闘う」ことを含めて行動することが肝要である。

 

自らの命を犠牲にする前にできることをすべきであり、方法はある。

                                  以上