新会社人間主義ー評価と人格

会社での評価はその人の人格について行うものではない。当たり前だが、非常に重要なことである。会社での評価が低い人でも、一緒に飯を食べながら話をしていると人間的魅力に溢れた良い人だと思うことがままある。我々会社人間は、他人を会社での評価という色眼鏡で見ることにあまりに毒されていると感じて恐ろしくなることがある。
 また、部下の仕事の出来不出来を責めるつもりで、興奮のあまり人格の罵倒に陥らないよう常にこころする必要がある。よほどの注意を払わないと、人事考課には人格評価が混入してしまうものである。

 たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。悩まそうと怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない。
  ブッダのことば(スッタ二パータ) 八、慈しみより

(新「会社人間主義」-私の考える「ホワイトカラー」 1999年1月 より)

会社という特殊な契約関係の中に長く身を置いていると、偉いとか偉くないとかという序列意識に毒されてしまうことが恐ろしい。パワーハラスメントを始めとして数々のハラスメントが蔓延している根っこはここにある。ひとりの人間として見たときにどうなのかという判断力を失わないことが、自分自身を見失わないために、なによりも大切だ。

(イラスト作成:霧 無断転載を禁ず)

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