採用雑感(8)-多数決

随分昔、採用担当として働いた頃の記憶が今でも断片的に蘇る。最初の会社を3ヶ月で辞め、運よく拾ってもらった次の会社の工場勤労担当として不平不満ばかり言っていた若造がいきなり本社に異動し、会社を代表して学生に説明をする立場に変わった。上場こそすれ地味な素材メーカーで知名度のない自分の会社をいかにして学生に魅力的に伝えるか、という思いで材料を集めてみると「意外に良い会社じゃないか!」と気づかされ、それからは会社の宣伝マシーンと化して数百回の会社説明会をこなした。「視点を変えれば、世界の見え方は違ってくる」ということを、人生で初めて学んだ瞬間だった。

当時の人事部長の方針で、最終面接は、人事部長・人事課長・採用担当(私)他で構成する5名程度で行い、採否を決めた。面接終了直後にその場で5段階評価による応募者の評価を行い、皆の評価が一致すれば採否を決定、異論がある場合には意見を聴いた上で、最終的には人事部長が決定するというものだ。多数決が基本だが、少数意見も尊重する民主主義の奥義を体現できる場であった。私の見方は人事部長と異なることも多かったが、学生に身近に接しているという点で強みがあり、良く意見を聴いてもらったし、時には、押し切ったこともある。殺人的な忙しさの中で働くことが実に楽しかった時期である。

会社でそれなりのポジションに就いている人達は企業文化を良く分かっている人達なので、一緒のチームで働けそうな人材をかなりの確率で選び取ることができる。複数の人間の目で見た評価というものはそんなに外れるものではないので、世の中に出回っている採用のノウハウ本を読まなくても、この方法によれば概ね間違いのない採用が出来ると思っている(会社のカラーに合った似たような人材ばかり集めてしまうリスクもゼロではないが)。

この採否検討会議の場が機能する前提条件は、メンバー一人ひとりに対するRespect(敬意)があることであり、自由に意見を言えないような威圧感と権威を振りかざす責任者の下では無理である。正直と正義感を絵に書いたような人で、部下に対する愛情にあふれた人事部長の下だからこそ、実現できた環境だと思う。彼は、引退されてから時が経った今でも、私のサラリーマン人生の中で最も尊敬できる上司であり続けている。

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