新「会社人間主義」-貢献と報酬の長期収支勘定(その2)

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このカーブの理論的説明には、「成果と報酬の長期収支勘定が釣り合うように設計されている。」と考えるのがもっとも説得的であるように思われる。


「勤続や年齢に応じて上昇する年功賃金制度について理論的な説明はいくつかある。その代表的なものはいわゆる人的資本理論といわれるものである。それは、勤続や年齢を重ねることによって、・・・労働者の能力(人的資本)が高まり、その結果能力に応じて支払われる賃金も上昇するというものである。・・ただ十分に説明できない面もある。定年制度の存在はそのひとつである。・・賃金はある程度まで能力に応じて上昇するとしても完全にそれに沿ったものではなさそうである。・・・競争市場の下では、・・雇用期間全体にわたる貢献と賃金・退職金総額はちょうど等しくなっていなくてはならない。・・このような考え方をすれば、企業が定年年齢で従業員に辞めてもらわなくてはならない理由はあきらかである。賃金と貢献のプラスマイナスの収支勘定は、定年で従業員が辞めることを前提に合わされているのだから、仮に賃金体系はそのままでそれ以上雇用を続けようとすれば、そのときは賃金は貢献と一致するレヴェルまで下げざるをえないのである。・・企業にとっては、年功賃金は従業員を勤勉に働かせ、離職率を抑える効果を持っている。・・働き盛りに企業に貸付を行うかたちになっている従業員は、定年前に辞めてしまってはこの貸付を回収できないからである。」
(仕事と暮らしの経済学 清家篤他 岩波書店

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このように長期的に収支勘定を決済しようという考え方は、人生をロングスパンで考えようとする人にとってはマクロで見れば確かに良い点もあったが、ミクロで見ると綻びが目立つようになった。端的に言えば「あの程度の仕事で高い給与をもらっている奴には我慢できない!」という若手の声なき声であり、また、労働意欲と効率がかなり落ちているにもかかわらず、自分がもらっている給与は仕事の貢献度からして当然だと錯覚し、もっと貰えないことに不満を抱いている中高年サラリーマンの問題である。

報酬と貢献の決済期間を、もっと目に見える範囲で短期決済をしていくように改めないと、全体としてのモラールは下がり、グローバルな競争にも太刀打ちできないように思われる。特に、今の若い(ある意味では苦労を知らない)世代が会社勤めを始めて5年、10年と経って自分に自信がついてきた時、貢献度に対して低い報酬との折り合いをどうつけていくかが気になる。順番を待つか、他所へチャンスを求めて抜け出すか?
今後益々、後者のケースが増えていくのではないかと思われる。

もちろん、先輩・上司等による教育により成長したことを忘れて、自分一人で大きくなったと思ってもらっては困るのだが。それにしても、今実際に発揮している貢献にもっとリンクして報酬を払っていくことは必要だろう。それは、即ち、年功制賃金の大幅な修正を意味する。最初の数年間の教育期間を経た後は、パフォーマンスに応じて今まで以上に報酬に差をつけていく、一定以上の報酬レベルに達した後はパフォーマンスが上がらない限り報酬も上がらない、という形が今後主流になっていくと思われる。
(新「会社人間」主義ー私の考える「ホワイトカラー」 1999年1月 より)

(ここに記載した文章と図表はすべて筆者のオリジナルであり、事前の承諾なき無断転載を固く禁じます。)